当クリニックの名前は、ギリシャ神話に登場する半身半馬の神「ケイローン」の物語に由来しています。ケイローンは、自らも傷ついた存在でありながら、だからこそ他者の痛みを誰よりも理解し、その傷を癒すことに真摯に取り組みました。その姿勢に共鳴し、そうありたいという思いを込めて、この名をつけました。
赤坂こころのクリニック[ケイローン]
院長 車田裕通
ケイローンはオリンポスの神クロノスと地上の妖精フィリラの息子です。クロノスは、自分の子に権力を奪われるという預言を受けたため、子供が生まれるたびにその幼子を飲み込んでいました。このことを嘆いた彼の妻レアは、幼き息子ゼウス(のちのオリンポス山の王)を隠したのです。息子ゼウスを探し歩いてテッサリアを訪れたとき、クロノスはフィリラに出会います。妖精フィリラはクロノスの執拗な追跡から逃れようと雌馬に変身しました。しかし、クロノスも、同じように馬に変身することで、彼女を欺(あざむ)き交配したのでした。
やがてフィリラは半身半馬の子を生み落とします。彼こそ馬の体・脚そして人間の頭・腕・体を持つケンタウロス族のケイローンです。母であるフィリラは、この幼子が乳を吸う姿を嫌悪に満ちて眺め、自分を他のものに変えてくれるよう神に祈りました。神々は彼女を菩提樹に変えてやることで、その願いを叶えます。その結果、ケイローンは孤児となってしまいます。
孤児となったケイローンを、見出したのはアポロでした。音楽、預言、詩、そして癒しの神であるアポロは、ケイローンの世話をし、養父となります。若さ、美しさ、知恵、正義の立派な模範だったアポロから、ケイローンは次々とアポロ流の教育を受け、彼を規範としました。
その結果、ケイローンは賢人、預言者、医師、教師、そして音楽家として知られるようになります。やがて彼は、乱暴なケンタウロス族とギリシャ北部の様々な小王国の監督を任されました。地元の王たちは勇気を磨き、統治技術を教わるべく自分たちの息子を彼に託しました。その中にはアキレス、ヘラクレス、アスクレピオスなどがいました。こうしてケイローンは、多くの有名なギリシャの英雄の教師、指導者となったのです。彼の教授法は広範囲で多彩であり、乗馬、アーチェリー、狩猟、戦術と医術、倫理、音楽、自然科学にまで及んだといいます。
ある日、ケンタウロス達は夕食にヘラクレスを招待しました。ところが粗暴なケンタウロス達との間に大げんかが始まり、ヘラクレスは彼らに挑みかかります。すると、ケンタウロス達が散り散りに逃げたので、ヘラクレスはヒドラの血を塗った毒矢を放ちます。その1本が、空気を引き裂き、唸りを上げてケイローンの膝に命中しました。神と妖精の子として生まれた、半神半人のケイローンは、人として苦悩を味わいながら、神として不死の存在です。つまり毒矢は彼に、苦悶と不治の傷を与えたのです。ヘラクレスは自らの恩師を傷つけたことを悔やみ毒矢を引き抜き、またケイローン自身は傷を治療するためにハーブを塗り込めましたが、効果はありませんでした。
ケイローンは、その後の長き余生を、この傷のために絶えず苦しまなければなりませんでした。洞窟にひきこもり、傷の治療法を探し続けましたが、最後まで自分自身を癒すことはできなかったのです。しかしそのおかげで、ケイローンの植物の治癒力に関する知識と他者の苦悩に共感する力は、ますます大きく育ちました。それにより、彼は多くの人を癒し、神々に癒しの知識や知恵を伝授し、より偉大な援助者となりました。このことで彼は「傷ついた癒し手(wounded healerウンデッド・ヒーラー)」呼ばれるようになったのです。
あるとき、ヘラクレスは旅の途中でコーカサス山脈に寄りました。そこで彼は神々を嘲(あざけ)り、オリンポス山から火を盗んだプロメテウスに出会います。プロメテウスはその罪で、ゼウスによって岩に括り付けられていました。そこに毎日グリフィンという巨大なハゲタカのような鳥がやって来て、彼の肝臓を引き裂きます。引き裂かれた肝臓は一晩で再生し、翌日再び引き裂かれるという、永遠に続く拷問をプロメテウスは与えられていました。ゼウスは次のように定めました。彼が解放される道はただ一つ、不死の者が自ら進んで自らの不死を放棄し、プロメテウスのいるタルタロス(冥界)へ行くことだけである、と。ヘラクレスはゼウスに、ケイローンがプロメテウスを救うために自らの不死を差し出すと言っていることを申し述べ、ゼウスもその提案に応じました。
こうしてケイローンは死して、不死をプロメテウスに譲ります。その死を悼み、ゼウスはケイローンを天に上げました、それが「射手座」です。空の星座になることで、彼は不死の存在になったのです。